発語が遅かった我が子の成長ブログ
3兄弟パパのリアル体験記
深夜2時。スマホで 「2歳 話さない 不安」 と検索したあの夜のこと、覚えていますか。
公園で隣の子が「ママ、見て!」と振り返るのを聞いて、帰り道に黙ってベビーカーを押した日。
3歳児健診で、二語文をぺらぺら話す周りの子を見て、心臓が冷えた瞬間。
私たち夫婦も、まったく同じ場所にいました。
うちの長男は、3歳まで一言も話しませんでした。
この記事を書こうと思ったのは、私が 介護の仕事 をしてきた経験から、
認知症の方へのケアの本質と、発語が遅い子への関わり方が、驚くほど似ている と気づいたからです。
専門用語が違うだけで、本質はひとつ。
「焦らず、待ち、安心を与える」
これだけでした。
NICUからの不安なスタート、1歳半健診の「様子見」、3歳児健診で初めて言われた 「ちょっと遅いかもしれません」。
当時の詳しい体験は別の記事に書いていますが(→ 3歳で発語がなかった息子が、小学生で音読チャンピオンになるまで)、私たちはあらゆるものを試しました。
こどもちゃれんじ、DWE、市の言葉の教室、めばえ教室。
夫婦最大の喧嘩もありました(→ 続けてよかった3つ)。
でも、ふり返って一番効いていたのは、教材でも教室でもなく、親の関わり方そのものだったと思います。
そして、その「関わり方」を、私は意外な場所で先に学んでいました。
介護の現場でした。
仕事で関わってきた認知症のお年寄りたち。
最初の頃、私は何度も失敗しました。
時間が押している時、つい早口で「○○さん、これ食べましょうね」と言ってしまう。
すると相手は、表情が固まる。何を言われたか、わからない顔をしている。
でも、ゆっくり、目を見て、笑顔で、
「○○さん。お昼ごはんですよ。一緒に食べましょうか」
と言うと、ふっと表情が柔らかくなる。
そして「ありがとう」と返ってくる。
このことに気づいてから、私は急かすことを少しずつやめていきました。
そして、その意識を 確信に変える出来事 があったんです。
あるご利用者と、そのご家族とのやり取りでした。
久しぶりにお孫さんを連れて面会に来た娘さん。
お母様(ご利用者)の認知症の進行が心配で、それでも娘や孫のことはきっと覚えていてほしい──そんな思いがあふれていたんだと思います。
娘さんは少し早口で、矢継ぎ早に聞きました。
「おばあちゃん、私の名前覚えてる? この子は? (孫)覚えてないの?」
ご利用者が答える前に、娘さんは思わずこう呟きました。
「わからなくなっちゃったか。」
でも、ふだんから関わっている職員の私には分かっていました。
このご利用者は、年相応のもの忘れはあるけれど、娘さんの名前はちゃんと覚えているはず──と。
娘さんの口調は、だんだん強くなりました。
「わたし。京子だよ。覚えていないの?」
ご利用者は、娘さんの剣幕に黙ってしまいました。
そこで私は、そっとご利用者に向かって、ゆっくり聞いたんです。
「〇〇さん。
この方、どなたですか?」
少し、間をおいて。
ご利用者は、こう答えました。
「京子だよ。私の娘。で、このコは孫だわ。」
少し、間をおいて。
これが、年を取ったり認知症の症状が出始めた方の、ひとつの特徴かもしれません。
全くわからなくなっているわけじゃない。
言われたことを理解するのに、そして言葉に出すことに、時間がかかるだけ。
ゆっくり聞いて、気長に答えを待つと、案外まだ覚えていたりするんです。
そんな経験をしてから、私の関わり方が変わりました。
あるご利用者に「今日はお昼ごはん、肉と魚、選べるけどどっちにしますか?」と聞いても、答えてくれない方がいました。
ずっと、答えられない方なんだろうな、と思っていました。
でも、ある日、ゆっくり話して、気長に待つという工夫をしてみたんです。
そうしたら──。
「唐揚げ」
メニューもちゃんと理解して、しっかり答えてくれたんです。
もちろん、認知症の方すべてにこのやり方が通じるわけじゃありません。
でも 「ゆっくり話す」「相手が考えて話し始めることを待つ」 という姿勢は、子育てのときにも、もしかしたら大事なことなのかもしれない。
そう思うようになりました。
あるとき、ふと気づいたんです。
私が認知症の方に対して「無意識にやっていた」こと。
それが、発語の出ない長男に、家でやっていたことと、まったく同じだったと。
たとえばこんなこと。
専門の世界では、これを 「ユマニチュード」 と呼びます。
フランス語で「人間らしさを取り戻す」という意味の、認知症ケアの技法です。
ユマニチュードには「4つの柱」があります(出典:日本ユマニチュード学会)。
① 見る:目線の高さを合わせて、長く優しく見る
② 話す:穏やかにゆっくり、低めの声で話しかける
③ 触れる:広く、ゆっくり、優しく触れる
④ 立つ:本人ができることを尊重する
これ、認知症ケアの世界の話です。
でも、よく読んでください。
発語が遅い子への関わり方として、そのまま教科書になります。
専門書を読み漁ったわけじゃありません。
ただ、介護の現場で身につけた癖が、家でも自然と出ていただけです。
子どもが「あ、あ……」と何かを伝えようとしている時、親はつい 「水? 牛乳? お茶?」 と先回りして言葉を当ててしまう。
これ、当時の私もやっていました。早く正解にたどり着かせたかったから。
でも介護現場では、絶対にやらないことなんです。
「答えを与える」のではなく、「答えにたどり着くのを見守る」。それが認知症ケアの基本でした。
息子に対しても同じことをすると、たどたどしくても、自分から言葉を選び始めるようになりました。
「うん」と返事が返ってくるまで、3秒。5秒。10秒。
急かさずに待つ。
健常者同士の会話のテンポは、認知症の方には早すぎる。
発語の出ない子にも、早すぎる。
「待つ」だけで、子どもの目に光が戻ってくることがありました。
「違うよ」「そうじゃないでしょ」を、徹底的に減らしました。
言葉を間違えても、訂正せずに、まず受け止める。
「そっか、○○なんだね」と一度返してから、さりげなく正しい言い方を聞かせる。
これ、認知症の方が「今日は何月だっけ……」と不安になっている時に、私が現場で必ずやっていた対応そのものでした。
ここまで偉そうに書いてきましたが、本当のことを言うと──。
長男のときの私は、家ではあまり「待てて」いませんでした。
「『ママ』って言ってごらん。」
「マー、マ。ほら、言ってみて。」
「マーマ。」
「……まだ難しいね。じゃ、これで遊ぼっか。」
これが当時の私です。
仕事では「待つ」を実践できていたのに、自分の子どもに対しては、つい先回りして「マーマ」と発音まで指示して、答えが出ないと 「まだ難しいね」 と切り上げてしまう。
もしかしたら、あの時もう少し待っていれば、長男は自分のタイミングで言えたのかもしれません。
これは、今でも少し胸に残っています。
試行錯誤の末、私たちが「やめたこと」がいくつかあります。
代わりに、やったこと。
特別なことは、何もありません。
ただ、介護の現場で自然に身についていた癖を、息子に向けただけでした。
これは、私の体験談だけじゃありません。
言語聴覚士や小児精神科の専門家も、口を揃えて言います。
焦らず、子どものペースを見守ることが大切です。「言い間違えても大丈夫」と子どもが安心できる体制を整えることが大切です。
(出典:ベビーパーク「言葉が遅い子の特徴」)
子どもが何かしようとしたとき「○○がしたいのね」と先回りするのではなく、自分から「○○がしたい」と言えるようになるのを待つことも大切です。
(出典:学研教室「うちの子、言葉の発達が遅い?」)
このアドバイス、認知症ケアのテキストにそのまま載せても通じる内容です。
本質は、ひとつなんです。
深夜、スマホで検索しているあなたへ。
「うちの子、なんで話さないんだろう」
「他の子はもうペラペラしゃべってるのに」
「私の関わり方が悪いのかな」
その焦り、痛いほどわかります。
私たち夫婦も、数年前にまったく同じ場所にいました。
でも、伝えたいことはひとつです。
関わり方を変えながら、並行して試した中で「やってよかった」と心から思えるものを紹介します。
「読み聞かせ」より「一緒に絵本を見る」感覚で。子どもの「あ」「これ」を待って、指差しに付き合う。これだけで、言葉の入口が広がります。3兄弟それぞれにハマった絵本は別記事にまとめました。
毎月、年齢に合った教材が届くので、親が「何を与えるか」を悩まなくていい。「先回りしない関わり方」を実践している間も、教材は勝手に届いて、子どもが自分のペースで触ってくれる──この設計が、当時の私たちにはちょうどよかったです。
市町村の福祉サービスとして、無料で受けられる言語訓練。先生とマンツーマンで、子どもが「待ってもらえる」場所を体験できる、とても貴重な空間でした。
長男のときは、私たち夫婦は 「言葉のシャワーをかけること」 に精一杯でした。
たくさん話しかければ、きっと話してくれる──そう信じて、必死で言葉を浴びせていた気がします。
でも、待つことはできていなかった。
不思議なことに、次男・三男のときは、慣れてきた余裕もあって、逆に 「構えない」 ことが多くありました。
親が必死に話しかけなくても、勝手に兄たちのまねをして話していた。
もしかしたら、その「構えなさ」「待つ余白」のほうが、子どもにとっては自発的に話すきっかけになっていたのかもしれません。
これは仮説でしかありません。
でも、あの時もう少し「待てて」いたら──と、今でも少しだけ思うのです。
この記事を読んで、少しだけ心が軽くなった。
少しでも、希望を感じられた。
そんなふうに思ってもらえたのであれば──。
今日はゆっくり休んで、また明日から、焦らずお子さまと関わってあげてください。
長い記事を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。